心と体

私の考える、支援のかたち ~ 坂本 真綾 ~ 

気持ちも新たに新年度の始まりです。

元氣にスタートをしたいところですが、震災の被害が頭から離れずにどうも気分が重い。

そんな、自粛ムードの流れる中で疑問を感じていた私は、マイケル友達の日記で坂本さんの言葉を目にしました。

私の心が感じていた違和感が何なのか、とてもよく表現されていたのでご紹介いたします。

。。。。。。。。。。 

▶私の考える、支援のかたち

~中略~

支援する側として

 今、自分が元気でいることや、お腹いっぱい食べたり笑ったりすることに罪悪感を感じるという人がいます。

大変な人がいるのに…という気持ちは私もよくわかります。

でも、被災地では過酷な環境の中でみんなで励ましあって冗談を言ったりしながら必死で乗り越えようとしていると聞きます。

無事でいる私たちが悲しい顔をしているなんて、なんて情けない、おこがましいことでしょうか。

 被災地をサポートする側は元気でいなければなりません。

誰かを励ましたり支援するためには、そのために体力的、精神的なでっかいエネルギーが必要なんです。

しかも長期的に。

 亡くなった方々を哀悼する気持ちと、今生きている命の輝きを否定することはまったく関係がありません。

生の力を恥じてはいけない。

楽しむことと、ふざけることとは違います。

 楽しむこと、笑うこと、食べること眠ることの幸せを後ろめたく思うなど、命に失礼なことです。

一生懸命に笑い、一生懸命に食べ、一生懸命に生きる。

そして生きる喜びを伝え励まし、被災地の環境が整うまで彼らのぶんまできっちり働くことも支援だと思うのです。

 たとえば料理人が料理を作る、花屋さんが花を売る、今までのように普通に。

それが確かに長い支援につながるはずです。

日常を続けられる人は続けましょう。

私にとっての日常、そして仕事とは、歌い、演じ、創造し、届けることです。

 不安は人から人へ伝染します。

もっと他のものを自分から隣の人へ手渡していくようにみんなで意識してみませんか。

 以上です! お読みくださった皆さんありがとうございます。

 坂本真綾

。。。。。。。。。。

全文はこちら → 【坂本真綾コメント(東北地方太平洋沖地震 支援のかたちについて)】

坂本さんの言葉に共感します。

ただ、人それぞれの感じ方には違いがあります。

まだ、心の整理がつかないで混乱していて何もできないでいる人も…

なので、少しずつ冷静に受け止められるようになったら、できることを増やしていく。

ひとり、またひとり、元気な人が増えていくイメージです。

そして、不安な気持ちは消えて、笑顔が伝染していって欲しい。

私の仕事先で関係のある大学においても卒業式や、入学式を中止すると聞きました。

計画停電等もあり、ある程度の自粛は仕方のないことかも知れません。

でも、人生の節目、季節の移り変わりを素直に楽しむ、喜ぶ気持ちはどんな時にでも必要だと思うのです。

東京では、桜が咲いています。

今週末には満開になり、薄ピンク色の花びらで春を彩るでしょう。

素直に生命の息吹を感じてください。

そうすれば、明日の元気をいただけるはずです。

いただいた元気は、喜んで被災地へ届けましょうheart04

復興のために必要なことは募金だけではないと思います。

豊かな心、健康な体。

まず、私たちが喜んで生きましょうhappy01

そして、その一部を喜んでお福分けするのですshine

なごみでしたclover

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あなたは信頼される人間ですか?

shine信頼される人間になるshine

人の信頼を得るためには、まず信頼に足りる人間であることから出発しなければなりません。

しかし、信頼というのは相手が抱くものですから、まずは確固たる自分を自ら作り上げることから始める必要があります。

だいたい35歳までの若い世代は 『信頼されるクセをつけること』

1. 約束を守ること

2. 学びを好み、働くことに積極的で、何より素直でいること

3. 論理的、現実的であること

4. 不平や不満を言わず、感情的にならず、プラス発想であること

5. 居どころ(連絡が取れるところ)がはっきりしていること

以上の5つを守ることです。

35歳以降の壮年期になりますと、 『信頼される行動をとること』 が目標になります。

35歳までの段階をキチンと過ごすことができていると、かなりの信頼感を得ているはずです。

しかし、信頼とは築くのが難しく、壊すのはとても簡単です。

そこで、気をつけておきたいことに、

1. 逃げない、言い訳をしない

2. どんなことにも前向きに誠心誠意をもって取り組む

3. 損得より善なる行動をとる

4. 自信を持つ

5. 他人の欠点を指摘したり、悪口を言ってはいけない

などを念頭に置く必要があるでしょう。

一度に全部は無理でも、少しずつ出来ることを増やしていければいいのです。

55歳以降となると、いよいよ人間としても総仕上げの時期となります。

この時期のテーマはまさに 『信頼される人間になること』 です。

1. 誰もが納得する哲学をもつ (ものを大切にする、感謝の心など…)

2. 他人の足を引っ張らない

3. 「我」 よりも 「公」 を大事にする

4. 謙虚であり、出処進退がきれいである

5. 与えることを好む (見返りを求めず)

以上のことが、ポイントになります。

このようにして、普段から信頼される人間になるようにコツコツと努力を続けていますと、苦境に陥ることも少なくなりますし、仮に陥っても、周りの人が必ず助けてくれるはずです。

他人の目に映る自分の姿は、自分の思っている姿と同じではないかも知れません。

初めから100%の理解を相手に求めるのは無理があるでしょう。

不思議と短期間に理解が深まる出逢いもあれば、なかなか理解し合えない出逢いもあります。

何か、違和感を感じた時にはお互いに歩み寄り、信頼を深める必要があるでしょう。

それには、相手の話を聞くという作業が不可欠になります。

自分の気持ちは自分が一番理解しているはずです。

相手の話を真摯に聞くことができたら、理解も深まり信頼関係も築けるでしょう。

相手の心の中が手に取るように分かるはずもないのと同じように、自分の心の中も相手に分かるはずありませんよね、ですから、お互い話もしないうちに勝手な思い込みで自滅しないことです。

一番迷惑をしているのは、当事者より、周りの人達だと思います。

私には、最近周りを見る余裕が欠けていたのだと、反省しきりです。

自分事に振り回されているうちに、自分の立ち位置をしっかりと踏みしめられなかったのです。

もっと、大人の対処がとれるように、日々、謙虚に学んでいきたいとあらためて考えさせられました。

ただ、いつでも、どこにいても 信頼されなくちゃ、こうしなければ、こうあるべきだと緊張ばかりしていては、さすがに精神的に疲れてしまします。

やはり、出逢う人が自分を100%理解していただくことは奇跡なので、今、自分を理解してくれている温かい関係の人を大事にしていこうと思います。

今日は、クリスマス前に美味しいrestaurantディナー&イルミネーションshineを楽しんじゃうよ~happy01

なごみでしたclover

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自己成長のための心理学         ~ ④自立(デッドゾーンの向こう側) ~

人生には一生懸命やってきたんだけど、もう限界かな? と感じることがあります。

乗り越えられない大きな壁に遭遇する時期をデッドゾーンと呼びます。

デッドゾーンは自立の最終段階で、この時期では、義務と役割にはまったり、燃え尽きてしまったような感じを受けたり、失敗ばかりを悔んだり、すべて投げ出したくなるような絶望を感じてしまいます。

恋人関係でいうならば、倦怠期でしょうか?

会話もなく二人でいる意味も分からぬまま惰性で過ごしているような虚しさを感じてしまう頃。

二人の間に愛を感じないようになってコミュニケーションも無くなってしまった関係。

『もう終わりにしましょう…』と切り出され、愛の灯が今にも消えてしまいそうな状態。

夫婦関係で例えると、お父さん、お母さんの役割。

給料を持ってくる側、家事をする側の役割にこだわってしまい、義務感に追われているうちに、いつしか二人の間に倦怠期が訪れる時期。

仮面夫婦も二人の愛が冷めてしまっているので、夫婦としての関係はデッドゾーンということですね。

仕事関係では、一生懸命にやっている仕事の中に満足感が感じられなくなり、ただ疲れと今までの苦労の意味の無さを感じてしまう時期。

『私は、この10年間、何のために働いてきたのだろう?』という感じです。

そして、仕事にやりがいを見出せず、義務と役割にはまり込んでしまいます。

どんな場合であっても、デッドゾーンに来るまでは、二人の関係を修復しようと誤解やすれ違いをなくそうと努力をしてきたし、仕事でも頑張っているのです。

自分なりに努力してみたものの、上手くいかない、だから余計に傷ついたのです。

デッドゾーンでは、あきらめ、絶望、義務と役割、燃え尽きた感じ、疲れなどを感じます。

この、とっても苦しい状況のデッドゾーンを乗り越えるためのヒントを探してみました。

ひとつは、ビジョン(将来の構想や理想)を持つことです。

恋人関係でのデッドゾーンは、二人の未来に諦めと絶望を感じています。

二人の関係を改善するために努力しようと思っても、デッドゾーンにはまっているとき、疲れきって打たれ弱くなっていますから、ちょっとした失敗や、相手の反応の悪さでも過敏に反応してしまい余計に落ち込んでしまいます。

こんなときに、ビジョンを持てるかどうかです。

たとえば、冷めきった二人の関係が癒されて、見栄を張らずありのままの彼を愛せるようになりたい、そして、素のままの自分で彼に接するようになり、そして幸せに暮らしたい。

というような、このデッドゾーンを乗り切って、あの人と楽しく暮らしたい。

自分が本当に望んでいるビジョンを描くと良いのです。

本当に苦しいです。

でも、苦しい中でも、痛みを癒したり、コミュニケーションや、コミットメントなどに取り組んでいく必要がある場合に、ビジョンが大きく影響してきます。

分かりやすく、ご紹介すると。

夏にテレビで高校野球を放送していますが、甲子園で優勝するようなチームは当然練習もたくさんしています。

春・夏・秋・冬と暑い日も寒い日も晴れていても雨であっても、毎日欠かさず練習をしています。

朝早くから練習、昼は休憩時間にも筋肉アップトレーニング、放課後は夜遅くまで練習、もしかしたら、自宅に帰ってからも寝る時間も惜しんで自主練習をしているかも知れません。

1,000本ノックに、グランド50周、腕立て、腹筋、うさぎ跳び等々、ありとあらゆる特訓をします。

なぜなら、甲子園に行きたいから、試合に勝ちたいという目標や夢があるから。

もし、甲子園も試合も無く、ただひたすら、1,000本ノックに、グランド50周、腕立て、腹筋、うさぎ跳びの日々だったらどうでしょう?

何のために、こんな厳しい練習をしているのか、わかりませんよね。

要するに、何のためにこのデッドゾーンを超えたいのか、そのビジョンを明確に描くことでデッドゾーンを超える可能性が大きくなっていきます。

もうひとつは、誰かに助けを求めることです。

だって、デッドゾーンに来たってことは、自分なりに頑張って工夫をしてみたけど…、だけど上手くいかなかったから…、ひとり、落ち込んでいるわけです。

自分のやり方や、発想には答えが見つからなかったということ。

ですから、自分のやり方や、自分ひとりでこの問題を乗り切ろうと考えず、誰かに助けを求め、違うやり方や、違う発想を取り入れることが非常に大事なのです。

デッドゾーンの中で、自分なりの答えを見つけようとしても、出てくる答えはネガティブなものばかりで、ますます諦めや絶望の深みにはまってしまうことも多くあります。

手を差し伸べてくれる、希望という別の可能性を提案したり、話を聞いてくれる誰かの存在が必要です。

そうはいっても、周りにそんな人がいないとか、デッドゾーンは自立の最終段階なので、自立したいマインドが強い方も多く、『人の助けは借りたくない自分で何とかしよう』とかたくなに他人の介入を拒む場合もあります。

確かに、自分で何とかしようという心や、プライドも大切ですが、それよりも問題を乗り切ること、解決すること、楽になること、幸せを感じることの方が先決なのです。

誰かに助けを求めると言っても、おんぶに抱っこをするわけではなくて、参考にしてみる。

広く情報を求めて、最善の方法を模索するという意味なので、結局乗り切るのは自分の力なんですから、遠慮せずに誰かに助けてもらいましょう。

デッドゾーンという大きな壁を乗り越えた向こう側には、乗り越えただけのあなたが納得のいく答えが待っていることでしょう。

新たな出逢いや希望、人それぞれ待っていることは違いますが、確実に以前の自分とはレベルが上がっているので、より強く、優しく、大きくなっている自分を感じることは間違いないでしょう。

乗り越えられたという充実感、満足感、達成感によって、出来る自分の姿に自信が湧いてきます。

そして、感謝を込めて、今度は周りの方に手を差し伸べることもできるはずです。

こうして、相互依存の関係に身を置けるようになると、あなたも私もお互い様だと認め合う気持ちが持てるようになっていきます。

昔、自分が苦しんでいたこと、そして乗り越えたこと、たくさんの周りの人たちが手を差し伸べてくれたこと、そして今の自分が存在していることが、有難くて仕方ないのです。

ここまでくると、どうでしょう?

もし、次にデッドゾーンが訪れたとしても、乗り切れるような感じが心に刻まれませんか?

もう、怖くないですよね。

だって、同士がたくさんいるんですよ!

あの人も助けを必要としているのかも知れません。

恥ずかしがらずに、手を繋いでくださいねwink

今のあなたは、昔の私なのです。

みんな繋がっているんです。

<a target="_blank" href="http://www.nicovideo.jp/watch/sm9058992">【ニコニコ動画】【pt.2】♪Beautiful Girl ♪(FOXNewsマイケル独占インタビュー2005年より)</a>

<a target="_blank" href="http://www.nicovideo.jp/watch/sm9131843">【ニコニコ動画】【pt.3】FOXNewsマイケル独占インタビュー(和訳)2005年Michael_Jackson</a>

<a target="_blank" href="http://www.nicovideo.jp/watch/sm9193920">【ニコニコ動画】【pt.4】FOXNewsマイケル独占インタビュー(和訳)2005年Michael_Jackson</a>

もうすぐ、マイケルの誕生日なんです。

私が、ちゃんと心の目でマイケルを理解したのは、彼が天に召されてからです。

マイケルは、とても真摯な、謙虚な人だったと思います。

尊敬していますし、これからもお手本にしていきたい大事な方です。

マイケルが体験したであろう、デッドゾーンがいかなるものであったかはマイケルでしか分からないことですが、絶望の中でも、諦めること無く前向きに生きた姿には、人間の強さを感じます。

周りの人に裏切られ続けたのに、悲しいです、とか、傷つきます、とか…

決して、相手を責めていなかったように思います。

いろいろと攻撃されて自分が傷ついたから、自分は相手に同じことは出来なかったのかな?

神様は、その人が乗り越えられない試練は与えないと聞いたことがあります。

そう信じていることが、自立への糸口になるかも知れません。

あらゆる分野で成功している人の価値観は、共通しているのでしょうね。

自分に負けない強さだったりするのかな?

もっと自分に対して強くなりたい。

なごみでしたclover

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自己成長のための心理学         ~ ③自立(生まれ変わり) ~

自立のステージであるデッドゾーンでの最終段階では、一人で頑張ってプレッシャーや義務と役割、失敗感や倦怠感を感じたり、まるで偽物のような、無感覚などを感じてしまいます。

自立のステージについてはこちらも → ②自立

今の自立のやり方に、限界がきたというメッセージです。

一人で頑張る自立的な生き方が頭打ちになり、次の生き方が求められているからです。

デッドゾーンのステージは、生まれ変わりのステージでもあります。

一人で問題を背負う、たった一人で戦う、ひとりぼっちの生き方から、助け合い、誰かと一緒にやっていく共に生きていくやり方に変えていくのです。

しかし、デッドゾーンのステージにたどり着くくらい、がんばって自立してきた人にとっては、誰かに聞く、頼る、ということに抵抗感が出るかも知れません。

エゴ(自分の意志)が『一人で頑張るのをやめるとダメになってしまうのでは?』とか、

『誰かに頼ると拒絶されて傷つくかも知れないぞ!』

『自立を手放すと人に依存をして奴隷のような生き方になってしまうぞ』

などと、思いがめぐります。

エゴのささやく声は巧妙でもっともらしく聞こえるので、ついついエゴの声に耳を傾けてしまうのですが、デッドゾーンを抜け出すためにはエゴの声を振り払うことが必要です。

このエゴの声を振り払うために、『もう一人で頑張る生き方を手放すんだ』

『今のやり方だと今の状態のままなんだから、今のやり方を変えよう』

など、今までのやり方を変えていくコミットメント(約束)をすることです。

一人で考えていると、ついついエゴがささやく心の声に、はまりやすいようです。

なので、デッドゾーンから抜けようとするときは、誰かとおしゃべりするといいでしょう。

誰かに話すこと自体が、一人で頑張るパターンを変えることに繋がっています。

夢の相互依存のステージまで行き着きたいですよね。

いったい何が、邪魔をしているのでしょうか?

何かをあきらめようとするとき、私たちは怒りを使ってその欲求を抑え込もうとします。

感情のパターンを知るには、子供たちの行動を見るとわかりやすいです。

彼らは、感情のおもむくままに身体全体で表現してくれていますからcoldsweats01

子供がおもちゃ売り場で『ママ~!このおもちゃ買ってぇ~!ねぇ、買ってよぉ~!』

ママは『ダメよ、この前も買ったでしょ?』と優しくさとします。

でも、子供も引きさがりません。

『ヤダぁ~!!!欲しいんだもん。買ってぇ~!!』

ママは『いつも欲しいものを買えるわけじゃないの、また今度にしましょうね…』

と、爆発寸前の感情を抑えた言い方。

『買ってくれなきゃイヤだぁ!!』

と子供はさらにエスカレートimpact

ここまで来るとママも堪忍袋の緒が切れます。

『ダメったらダメ!わがままもいい加減にしなさい!』

と抑え込みに入ります。

すると、その子供は大声で泣き叫ぶか、『じゃ、いらない!』ってプンプン怒ってその場から逃げだします。

欲しいものをあきらめる → 怒りを使って封じ込める

これは大人になっても同じことが起きます。

何度言っても洗濯ものを脱ぎ散らかすご主人に対して

『もう、イヤッ、あの人には何を言っても無駄なんだから…』とあきらめの奥様。

そこに至るまでには、何とかご主人を変えようと頑張ってきたのかも知れません。

でも、もういいわ… と怒ることに疲れてしまった時に『諦め』が出てきます。

怒りは『感情のフタ』と言われますが、怒りを通り越してあきらめてしまうことは、感情を殺すことに繋がってしまいます。

誰も、好き好んで怒りを感じたくありませんから、諦めてしまっていることに関しては、できるだけ無関心を装うとするんです。

たとえば、『結婚なんて無理』と諦めてしまったとしたら、『結婚』というジャンルからは出来るだけ遠ざかろうとします。

表面上、興味のないふりをしてしまうのです。

でも、怒りが無くなったわけではないので、友人から“結婚しました”と葉書が届いた瞬間に、ザワザワと胸がざわめいてしまいます。

抑えていた怒りがひょっこりと顔を出して自分が諦めていたものを手に入れた友人の葉書をビリビリと破ってしまいたい衝動に駆られたりします。

そこで自立心の強い人の場合は強がって、その怒りを抑圧します。

『結婚だけが人生じゃないわ、わざわざ苦しむ必要なんてないじゃない?』

依存的なタイプならば、きっと愚痴や、恨み、嫉妬の感情が出てくるでしょう。

『きっと、長く続かないわよ、幸せになんかなれないわ』

そして、一生懸命、より強く感情を抑圧し、デッドゾーンの深みにはまっていくのです。

諦めが多くなっていくと、無気力にもなっていきます。

諦めたものを見ないようにする、感じないようにすると、ネガティブなものだけでなく、嬉しい、楽しい、弾んだ気持ちといったポジティブな感情をも感じられなくなっていしまうからです。

将来に対して希望を持てなくなることも多いです。

『諦める』くらいのものって、本当は『すごく欲しかったもの』ではありませんか?

どうでもいいものだったら、わざわざ諦めるんじゃなくて最初から『興味ない』ことですよね。

だから、何かを諦めてしまうことは、自分にとっての希望の光を自分で消してしまうことになるのです。

『何も楽しいことなんてない…』

と感じているとき、あなたは何かを諦めてしまっているのかも知れませんねconfident

諦めてしまうと希望が見出せず、達成感を感じることが出来ず、いつも不足感になってつまらなかったり、絶望感で悲しくなり、心がシーンとなってしまうような感じですね。

今まで、頑張って、頑張って、自立しようとした時代、すごく欲しかったから頑張ったのに、それが上手くいかずに、いよいよ力尽きて、『もう、諦めよう』とネガティブな選択をしてしまうのです。

似ている言葉に『手放し』があります。

この“手放し”と“諦め”は卒業中退ほどの違いがあります。

学ぶべきことをきちんと学び、卒業することを“手放し”といい

学ぶべきことを途中で投げ出してしまうことを“諦め”と言えるからです。

すでに諦めてしまっている領域と向き合おうとするのは、そこへ至る経緯や今の無気力さが邪魔をしてなかなかすぐにできるものではありません。

面倒くさい… 意味がないことだよ… 無駄無駄…

そんな無気力な言葉のオンパレードが聞こえてきます。

要するに、とても嫌なんです…。

でも、自分を変えていく時、あるいは、今のパートナーとの関係性を変えていくには、この領域を突き抜けていく必要がある場合が多くあります。

『今度もうまく行かなかったら?』という恐れもあるし、

『じゃあ、私が間違っていたということなの?』と自分を否定されたように感じることもあるかも知れません。

そのような気持ちは、当然のことなのです。

いま、それを感じるならば、そこからがスタートになります。

もう、その時点で、問題と向き合い始めているのです。

今感じるひとつひとつの気持ちを受け止めていくことが、感情と向き合うこと。

素直に感情を感じているうちに、やがて違う感情に変化していくでしょう。

諦めに至る、絶望を感じる仕組みはあなたの考え方や価値観から来ています。

諦めの原因が自分の中にあることを知り、それを理解し、変えていくことでいつの間にか絶望の中に一筋の光明が見えてきます。

諦めてしまっている領域に光を当てるとういうことは、未開の大地を切り開く様子に似ています。

あらゆる可能性が、絶望の中に眠っているのです。

特に遠い昔に諦めてしまったものを取り戻していくプロセスでは、その人の持つ才能や魅力が次々と開花されていきます。

『もう恋なんてしない』と諦めてしまった方が、もう一度『素敵な恋をしたい』とチャレンジするのは勇気が要るかも知れません。

その時、過去の失恋の痛みや苦しかった頃の自分を振り返ったりすることで、新しく学べることがたくさん出てきます。

誤解だったことも分かったり、眠っていた魅力に気付き始めることもあります。

まるで、自分が新しく生まれ変わったような実感を持つのです。

それが希望になり、良い方向に向かう予感を抱かせてくれます。

あなたが故意に見ないようにしているものはありませんか?

実は、あなたがもっとも輝く場所はそこにあるかも知れませんよshine

なごみでしたclover

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自己成長のための心理学         ~ ②自立 ~

私たちは、子供時代には親に依存して『愛される秘訣』を学んできました。

この愛される秘訣を使って順調にうまく乗り切ってきたかというとそうでもありません。

失敗したり、怒られたりもしてきました。

たとえば、お母さん、お父さんのお手伝いをいっぱいして褒めてもらおうとしたけど、逆に『じゃまだから、あっちに行ってなさい。』と言われ傷ついてしまったこともあるかも知れません。

大人になってからは、彼(彼女)に愛してもらえるようになろうと、尽くして尽くしてがんばったところ彼(彼女)に『うっとうしぃから少し距離をおいてほしい。』

と言われ傷つくなど依存時代にいかに愛されるかということをがんばった分だけ傷つく経験も多くなっていきます。

すると、“いかに愛されるか”から今度は、“いかに傷つかないか”を学び始めます。

『自立』し始めるのです。

自立の初期段階は、期待のステージから始まります。

依存時代に傷ついて、失敗してきた分、こうすれば失敗しないはずだ、こうすれば上手くいくはずだと期待します。

たとえば、依存時代に『まったく気がきかない奴だな』と言われて傷ついた経験があるとします。

あなたは、『いつも人に気を使っていれば傷つかないし失敗しないはずだし、認められるはず』と期待するわけです。

しかし、気を使いすぎて上手くいかない時もあります。

彼(彼女)に尽くしたのに『うっとうしい』と言われたから、傷つかないように、何もしないでいたら、今度は逆に『何もしないなら一緒にいる意味がない』と別れてしまったり、上手くいくと期待した分だけ、ますます傷ついたりとストレスがいっぱい溜まったりします。

そうすると、期待するだけ無駄じゃないかと、余計に傷つかないように心は向かっていきます。

それは、人に振り回されて、誰かの影響で傷つかないように、自分のやり方にこだわるようになります。

もういい、誰が何と言ってもこのやり方でいく!

だって私には、これしか方法が無いんだから…

つまり、相手のやり方なんて認められないわけです。

自分のやり方に従わせようと相手をコントロールしようとしたりもします。

『私のやり方に従うか、そうでなければ、向こうに行ってちょうだい』

と、こんな具合で、恋愛でも、職場でも、主導権争いをして、いかに自分が正しいかを相手に分からせようとするのですが、どちらが正しいかの争いになってしまうと、勝ったところで正しい方と間違っている方の関係が出来てしまうため幸せでなくなってしまいます。

でも、毎回、主導権を争い、自分のやり方に従わせようと相手を変えようと思っても上手くいきません。

すると、疲れてしまって、『もうどうでもいいや』とあきらめてしまったり、燃え尽きてしまう感じや、何をしても無駄じゃないかと思いこんでしまうことになります。

この自立の段階はまさにデッドゾーンのステージです。

デッドゾーンのステージでは、あらゆる関係が崩れ落ちそうになります。

恋愛関係であれば、『もう信じられない、別れよう』と思ったり、

結婚している人だったら、『結婚して10年もしたら、夫婦の愛なんて冷めて当然ね』とあきらめてしまったり、

会社の場合は、『こんな仕事やってられないわ』と会社を辞めてしまったりです。

そして、相手を代え、会社を代え、新しい関係をやり直そうとします。

新しい相手とロマンスのステージからまた始めるわけです。

ロマンスのステージについてはこちら → ①依存

もちろん、相手を代えないでデッドゾーンのステージであきらめた状態でい続ける人もたくさんいます。

人生こんなものだと麻痺してしまう人もいるのです。

しかしです、相手を替え、会社を替えて今度こそはと期待してやり直した関係も、ロマンスのステージから始まり、やがてデッドゾーンへと行きつきます。

しかも、今度は前回よりも早くデッドゾーンにたどり着いてしまいます。

たとえるなら、車で北海道から沖縄まで旅行をするとします。

1回目の旅行は道に迷ったり、立ち止まったりして、なかなか沖縄までたどり着かなかったのですが、2回目の旅行となると一度通ったことのある道ですから、スムーズに目的地にたどり着けます。

実はデッドゾーンのステージの次には相互依存という成長過程があるのです。

この、相互依存のステージではロマンスのステージの10倍のロマンスが感じられます。

結婚後10年経っていてもラブラブな夫婦だったり、ますます会社が好きになっていたりという感じです。

デッドゾーンを超えた人だけが行ける素晴らしいステージが待っているのです。

残念なことに、多くはデッドゾーンを感じた時、あきらめてしまいます。

なぜなら、自立の成長過程では、自分のやり方で問題を乗り切れる時はいいのですが、自分のやり方で答えが見つからなかった時に、踏ん張れずにあきらめてしまったり、もう無理と燃え尽きてしまうからです。

『自立』のステージで問題を乗り切れない感じがしたり、やけになったり、あきらめるしかないと思った時の問題を乗り切るカギは、

“あなたのやり方以外のやり方”に答えがあります。

自分のやり方(考え方)で、物事が上手くいかなかった時、自立している自分のパターンに気付いて、自分のこだわり、自分のやり方(考え方)を手放して、それ以外の答えを求めることに、物事を上手く乗り切る秘訣があるのです。

新しい自分に生まれ変わる感覚でしょうか。

次回はデッドゾーンからの脱出についてお話しますね。

なごみでしたclover

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自己成長のための心理学         ~ ①依存 ~

『依存』というとあまり良いイメージがわかないかもしれませんが、自立するためのプロセスに依存を必ず通ることをご存知ですか?

どんな人でも必ず経験した依存confident

それは、子供時代。

『いやいや、お母さん、気を使わないでください、ミルクは自分で作りますから。確か…哺乳瓶に 300cc のお湯と粉ミルクをすり切り3杯でしたよね?』

『あ~、いつもすみません、オムツを替えてもらって、今回のご迷惑は将来働いてお返ししますから。』

と自立している子供は見たことがありませんchick

大好きなお父さんやお母さんから、ミルクを飲ませてもらったり、オムツを替えてもらったり、抱っこしてもらった子供時代。

この頃は、どんなにボロボロこぼしながらご飯を食べても、

『元氣に良く食べましたねぇ!』とほめられたり。

おもらししても、『今日も、出ましたねぇ!』と大体のことは全面的に受け入れられたものです。

これは人が成長する上で通る『依存』というプロセスの中でも最初の段階でロマンスのステージです。

このロマンスのステージは、恋愛や仕事でも同じプロセスを通ります。

恋愛関係で言えば、お付き合いが始まった最初の頃。

彼(彼女)のことが好きで好きでたまらない。

相手のすることがなんでも素敵に見える時代。

現在は、相手の乱暴な性格がイヤでも、付き合い始めの頃は、男らしく感じて見えていたり、相手のどんなところも素敵に見えてもう全部が大好きheart04

仕事関係でいえば、新入社員の頃。

会社の先輩から『最初は無理しなくていいから、わからないことがあったら、なんでも聞いてくださいね。』

あらゆる関係のスタートは『依存』から始まっていきます。

でも、ある時期から今まで全面的に受け入れられていた時代に変化が起こります。

子供時代でいうと、しつけが始まる時期です。

たとえば、お母さんから

『ご飯は、こぼさないように食べなさいね。』

『自分でボタンをはずして、着替えましょうね。』

と言われたとします。

親にしてみれば子供を社会に出しても、ちゃんとやっていけるように躾を始めただけのことなのですが、子供からみればこんな感じです。

『えぇ?ついこの間までご飯こぼしてもいっぱい食べていい子だねって言ってたじゃない!』

『着替えはお母さんがやってくれるんじゃないの?最近だんだん待遇が悪くなってきましたね、もしかして、お母さん、僕のこと嫌いになったのかな???』

全面的に受け入れられないことで、拒否されているように感じたり、遊んで欲しい、抱っこして欲しいなどのニーズ(欲求)が満たされずに傷ついたりすることがでてきます。

次の段階、ハートブレイクのステージです。

恋愛関係の場合にもこのハートブレイクのステージはやってきます。

彼(彼女)が優しくしてくれない、最近かまってくれない、愛してくれない、自分のニーズに応えてくれない状態を感じて、彼(彼女)から拒絶されたと思い傷ついて(ハートブレイク)しまうのです。

この時私たちは、昔、小さな子どもの頃、自分の欲求を満たしてもらえなかったことと同じ経験をするのです。

そして、ハートブレイクの次は、良い子のステージ(犠牲のステージ)がやってきます。

『最近、風当たりが強くなってきて、お母さん僕のこと認めてくれなくなってきた。』

と、感じた子供はこの状況を打開すべくある作戦に打って出ます。

『お母さん、僕おつかいに行ってきます。』

『お父さん、お手伝いするよ。』

こうすれば、いっぱい褒めてくれる!ということを学び始めます。

がんばって良い子になって愛されようと思います。

でも、逆にいえば、何かをしなければ愛されないという誤解を学んだ時期でもあります。

これは、このままの自分では愛されない、私って魅力が無いんだぁ…という誤解から無価値感という感情が生まれてしまいます。

魅力が無い、そんな自分は何かしなければ愛されないと思ってしまう。

このことが犠牲というパターンを作ります。

恋愛関係でいえば、彼(彼女)に嫌われないように、

『あなたの為ならなんでもするから、ダメなところがあったら言ってね。』

と、愛されるために、いっぱい頑張ったり、我慢したりするような感じです。

依存時代を通して、私たちは愛される為にはどうしたらいいのか、どう愛されるのかということを学んでいきます。

子供時代に学んだ愛される秘訣は、大人になった今でも、使われています。

しかし、その愛される秘訣は大人になった今では、使えないことがでてきたり、(ただ辛抱してたら愛されたとか、良い子になったら愛されたとか)

間違った学び方をして覚えてしまった愛される秘訣を今も使っていたり、(そのままの自分では、愛されないという思い込みから何かになろうとするパターン)します。

大人になって、無意識に使っている愛される秘訣や、自分はどうしたら愛されると思っているのかという自分のパターンを知ることが大切です。

それが、今の自分に合っていないのであれば、あなたらしい愛され方をバージョンUPすることで、より成熟された愛され方や、より幸せな人生が待っていると思います。

次回は、依存からの『自立』についてお話しますね。

なごみでしたclover

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怒りに隠れされた本当の望みとは?

毎日、暑いですねsun

それだけでイライラしてしまいます。

もう、何とかならないかしら、この不快指数sweat01

自分に余裕がないので、まわりに気配り、目配り、心配りできませんよね。

でも、この場をなんとか、和やかに出来ないものかと思います。

自分のつら~い体験をジョークを交えて面白おかしく話せるということは、その時に感じた痛みよりも今のこの瞬間を大事に思えるようになったからなのかな?

私たちが過去に囚われているときは、『認めたくない』と否認し続けている何かがあります。

そこに何らかの重要性を感じていると、知らずと私たちのエネルギーは問題の方に使われてしまいます。

そうすると、今を存分に味わう(楽しむ)ことが出来なくなってしまうのです。

許せないままの何かを抱えていると、思い出しただけでも心が痛みます。

誰かの語る体験にさえ、自分の心を投影してしまうからです。

自分からみて、辛いと感じること、悲しいこと、苦しいと思える場面を笑って話している人を見たときに、不思議な感じがしてしまうのは、心で感じるその瞬間の体験が異なるからです。

これは、人によって物事に対する解釈の仕方が違うからともいえます。

解釈に変化をもたらすカギは、自分への理解と私たちの“選択”にあります。

人生において何を大切にしようとしているかで、私たちが体験する感情も異なっていくのです。

もし、本当の意味で心の傷が癒えていなかったとしても、もし、いまだにそれが受け入れ難いものであったとしても、結果的に笑い話として人に話せてしまう場合があります。

それは、大切な誰かと自分の経験を分かち合えている時なんだと思います。

どんな話をしても受け止めてもらえる安心感や信頼関係があるとき、過去の痛みを超えて現在の関係の中でスルッと感情の脱皮が出来てしまうことがあるのです。

それは、きっとすべての人が望んでいること。

私たちは誰もが『人から受け入れられること』を望んでいます。

一見、強そうに見える人であっても、同じように柔らかで繊細な部分を隠し持っているものです。

「こんなのって、耐えられない!」

「なんで、わかってくれないの?」

「どうして私ばかりがこんな目に遭わなければならないの!?」

予期せぬアクシデントに遭遇して、そんな風に思ってしまうこともあります。

私たちが怒ってしまう時というのは、誰にも受け入れてもらえていない感じがした時の疎外感、あの嫌な感情を感じたくないからなのです。

怒りは、そうした感情に対するひとつの反応でしかありません。

怒りに隠された感情を理解するには、こんな見方をすると良いかも知れません。

誰かが怒っているとき、そこにその人の愛情を感じることは困難です。

むしろ、それは、『愛のない行為』のようにも見えます。

でも、この『愛のない行為』には、愛を求める叫びが隠されているのです。

「なんで、わかってくれないの!」という怒りは、実のところ『ちゃんと受け入れて欲しい』という思いが隠れているからなのです。

例えば、「人は自分のことを理解してくれないもの」と決め付けてしまうとなかなか気が付きにくいのですが。

自分が人から受け入れてもらいたいと思うように、相手もまた、人から受け入れてもらいたいと思っているのです。

大切な誰かとの関係で、そのような“共通の望み”があることに気付いた時、お互いがデリケートな信頼関係の上に成り立っていることがわかり始めます。

自分を理解することが出来て、はじめて相手を理解できるというのは、人と自分との間には、このような共通の望みがたくさんあるからなのでしょうね。

私たちの心を、ほんの少しだけ、掘り下げてみましょう。

怒りを感じてしまうくらい、あなたが本当に望んでいたことはなんでしょう?

思い出してみてください。

なんで、あの時、怒りを感じたのだろう?

なんで、わかってくれないの? → 私の気持ちをわかって欲しい。

自分ばかりが我慢をさせられてる。 → 相手を思いやり、自分らしくいたい。

悔しい思いばかりしている。 → 楽しい気持ちで毎日を送りたい。

どんなネガティブな感情の裏にも、私たちにとって大切なポジティブな目的が隠れています。

怒りに隠れている自分の中の望みを知った時、人は、その目的に向けて焦点を合わせ、怒りという表現ではなく、態度を整えていくことが容易にできるようになっていきます。

なぜなら、怒りという感情を使って、伝えたいことをコミュニケーションするのはあまり効率的ではないし、相手にしてみたら怒りでコントロールされている感じがして嫌な気分になっています。

まるで、「こんなに私が怒っているのは、あなたのせいなんだから」と相手を威圧するだけ。

もちろん、怒っているときは、エネルギーを使って自分自身がヘトヘトになりますよね。

お互いに良いことありませんから。

相手に上手に気持ちを伝えるコミュニケーションをとれる秘訣があります。

それは、『自分がこうありたいから』という思いに素直になるだけでいいんです。

基本は、優しさと思いやり。

感謝といたわりの言葉が効いていきます。

どんな言葉を選んでいますか?

人生で私たちが向かう方向は、毎日私たち自身が行っている継続的な選択の結果です。

自分の中の自分や人に対する信念(観念)を変えると、物事に対する見え方が変わり、パターンを変化させることができます。

そこには、私たちが本当に望んでいた喜びの体験が、たくさん詰まっているのではないでしょうか。

最後に4つのキーワードをご紹介しておきます。

heart02ありがとうheart02

shineごめんなさいshine

note助けてくださいnote

kissmark愛していますkissmark

すべてのコミュニケーションはこの4つで表現できます。

どれが一番大切かというと、それは heart02ありがとうheart02

私は、大切な人に必ず使っているキーワードがあります。

lovely大好きlovely

言われた人も、言った私も笑顔になる言葉ですhappy01

なごみでしたclover

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誰かの幸せを喜んでみよう!

私たちは、誰かの幸せを喜んであげたいと思っていますhappy01

その材料は毎日の日常の中に山ほどあふれていますup

わかりやすいものでは、お誕生日や記念日、入学や卒業、合格のお祝いなど。

“ねぇねぇ聞いて! こんな良いことがあったんだよsign01

との言葉にshineおめでとう~良かったねshine

もちろん、友人も笑顔happy01

私も笑顔happy01

でも心のどこかで、大げさに喜んだりしたら、恥ずかしいとか…

目立ってはいけないとか…

せっかく良いことが起こったのに、『いえいえ、大したことないんですよ。』

素直に喜ぶことに躊躇してしまうこともあります。

それは、遠慮したり、謙虚な姿勢であることを良しとする風潮があるから。

でも、より幸せになりたいと思うなら、誰かを巻き込んで一緒に笑顔になることが必要ですよね。

おめでとう! 良かったね! 嬉しいね!

と、周りにいる人たちと一緒になって喜ぶと、どんどん笑顔になって、ありがとうという気持ちが自然に湧き出てきて、親密さや、温かさや愛情などのポジティブな感情でいっぱいになります。

一人より二人、誰かと一緒に喜び合えることは、何十倍もの感動になりますよねwink

人間は、人との間で傷ついた経験は、人との関わりでしか癒せないと言われています。

人と人とのつながりの持つパワーは偉大ですshine

遠慮なく、みなさんの周りの方々の幸せを、一緒に喜んでくださいheart04

自分自身の喜びを誰かと分かち合うことを楽しんでくださいねhappy01

そして、たまには自分の苦しい思いもみんなに聞いてもらっちゃいましょう。

その苦しみはみんなに伝えることでだんだん小さくなっていきますから。

かわりに、みんなから元気をもらえますよgood

なごみでしたclover

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雨って好きですか?             ~ ちょうど一年 ~

雨は必要だから降っているんです。

そう考えると、この世の中に必要のないことは起こらないのかも知れません。

すべての事象は、必然であると思うのです。

人は、感情の生き物なので、好き嫌いで反応してしまいがちですが、それはあまりにも短絡的な考え方ですよね。

好きなことばかりしていては、生活が成り立ちません。

もっと言えば、自分の生活に必要なことすべてが好きなことだけとは限りませんから。

なので、判断基準を好きか嫌いかの感情ではなく、そのことが自分に必要か否かを冷静に考えればいいのです。

ブログを始めて、一年が経ちました。

こうして、日々の生活の中で自分の想いを日記に綴るのは、成長の記録として残ります。

自分の心の中の物事が、整理されて、今この瞬間に何が必要なのかを選択することの大切さを学べたような気がします。

そして今日は、こちらの動画をご紹介したいと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=TwA-e3d-3qA

I believe and I'm sure,We can do something for just LOVE & PEACE.

沖縄の海は、日本だけの海ではありません。

世界中の海は繋がっています。

2010年4月20日にメキシコ湾沖合で操業していたBPの石油掘削施設が爆発したため、パイプが破損し、海底油田から大量の原油がメキシコ湾全体に流出した事故。

http://www.bo-sai.co.jp/oil.spill.html

メキシコ湾の事故も決して対岸の火事ではありません。

同じ地球上で起きた、人間の欲望から生まれた人災です。

本来人間は、地球の自然に感謝して、母なる地球の恩恵に対しては、もっと謙虚であるべきでした。

地球の資源、それをあたかも人類の自由になるものだと勘違いして起こしてしまった災害。

人間の傲慢な心が起こした悲劇です。

傲慢な心は、生きるために必要でしょうか?

私たち人間が悔い改めないと、されるがままの無防備な地球は苦しむことになる。

結局、自分に返ってくるのに…

悲しいですね。

権力をもった人達が、地球の悲鳴を感じ取ってくれるでしょうか?

私には、感じているのに、権力が邪魔をしているとしか思えません。

権力を持たない、ほとんどの人達が感じている無力感。

それでも、私は信じています。

必ず、より良い世界になると確信しています。

愛と平和のために、私たちは生きているのだから。

なごみでしたclover

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豊かな心をもった自立した人間を育てるために

最近、毎日のように子供に対する悲しいニュースが目立ちます。

母親と父親は子供に対してどう関わっていけばいいのでしょうか?

ユニティ・デザイン『自立のアクセスサイト』から、竹下雅敏さんの講話録

『子供たちの心を感じられますか(4)-7歳までの子供との関わり方-』

一部抜粋してご紹介します。

転載元はこちら http://www.unity-design.jp/jiritsu/syousassi-kdm4.html

。。。。。。。。。。

今回は、7歳までの子供との関わり方を中心にお話しします。

7歳までが子育てや教育の急所です。

この時期までの子育てがわかると、後の子育てはとても簡単になります。

ちゃんと育てると反抗期というのは全然ないものです。

反抗期というのは3歳前後で始まりますが、多くの大人が子供の反抗期で手を焼いてしまうのは、子供の独立要求という「自分が大人と同じようなことが出来るんだ」という意志表示をするその気持ちを大切にしないで、「お前はわがままだ」という風に見てしまって叱ってしまう、すると子供が反発するので、一見反抗期に見えるのです。

ですからそういう時期に、きちんと子供を誘導出来るものの見方が出来ればいいのです。

。。。。。。。。。。中略

ちゃんと育てるということは、十分に愛情深く育てる、簡単に言えば十分に抱くということです。

子供を育てる時の急所は、これでもかという位抱くことです。

子供が起きている時はずっと抱いているという位に抱くことが大事です。

これは猿の実験などで証明されています。

猿にも偉い母親とそうでない母親がいて、愚かな母親は子供を全然抱かない上に、子供の餌まで取っちゃうんです。

その母親に育てられている子猿は、本当に貧相で可哀想な顔をしています。

いつもイライラしていて、おどおどしてる。

ところがもう一方の偉い母親は、いつも子供を抱いている。

子猿はいつも母親にしがみついていて、顔が全然違う。

情緒が安定していて、落ち着きがある。

それを見ても十分わかるんですけど、科学者というのは見ただけでは満足しないで、血液を採取してその血液中の成分を調べてみました。

すると、セロトニンという物質の量が全然違うということがわかりました。

脳内物質のセロトニンが多いほど心が落ち着いているということですが、それが倍以上違うんです。

科学者は「3歳までにセロトニンの量が決まってしまう、それ以上は増えない」と、恐ろしいことを言っています。

私はそうは思っていなくて、多分非常に大きな意識の変換などの何かのきっかけで変わるでしょう。

けれども通常はなかなか変化しないかもしれないですね。

これは猿だけじゃなく多分人間も同じだと思うんです。

3歳位まで非常に落ち着いた環境の中でゆったりと十分に大切にされて育った子供というのは、セロトニンの量が多く、そうされなかった子供のセロトニンは少ないと思うのです。

かなり怖い話ですね。

要するに猿の実験からもわかるように、その差は十分に抱かれているかどうかで決まるのです。

。。。。。。。。。。中略

建築家など世界的に創造的な仕事をしている人たちは、子供の頃に野山でたくさん遊んでいるそうです。

そしてそういう人たちは皆、勉強しすぎると馬鹿になるよと同じことを言います。

私もそう思います。

子供というのは知りたいという欲求をみんな持っている。

自由に学ばせたら、どんどん自分から学ぶんですね。

本当は勉強はとても楽しいものです。

学ぶという楽しさを知っている人は一生学び続けます。

ところが小さい頃から無理矢理勉強させるから、勉強が嫌になるのです。

疲れ切っている。

大学に行ったらこれで解放されたと思って全然勉強しない、社会に出ても勉強しない大人になる。そういう人と、学ぶことの楽しさを知って一生勉強し続ける人とでは、後にどんなに差がつくことでしょうか。

文字や計算を教えるより、もっと大切なことを教えないといけない。

それは、ちゃんと人の話が聞けるということです。

学校で教師の話をきっちりと聞ける子供というのは、とても頭が良くなるものなんですよ。

どうやってそういう子に育てるかというと、親が子供の言っていることをちゃんと聞かないと無理です。

親がちゃんと聞く姿勢や態度を示さないといけない。

なぜなら子供は親と同じ様に振る舞うからです。

そういう風に育てようと思ったら、今の生活は忙しすぎて、親にゆとりが無さすぎる。

親が生活に追われていて、子供の話をゆったりと聞く時間が無いんです。

「何してるの、ぐずぐずしないで早くしなさい」という生活です。

そうやって育てられると、子供は、「自分はグズだ、のろまだ」と思います。

そのうち「自分は無能だ、馬鹿だ」と思うようになる。

すると本当にそうなっていきます。

それでは全く逆をやっていますね。

子供のペースは一人一人違いますのでそれを認めてやって、子供のペースで生活を形作ってやるだけの余裕がこちらに無いといけない。

そんな余裕が実際問題として大人の方に無い。

これが最大の問題ではないかという気がするんです。

そういう意味で言うと、大人が心のゆとりをもてるかどうか、そちらの方が子供を育てることに関して非常に大きな問題だと思います。

私は1歳半位までたくさん子供を抱くことが本当に大事だと何度も言いますけど、抱いている時に考えごとをしていたら、これは抱いていることになっていないのです。

心の中で、明日の会議のこととか、仕事のセールスのこととか、夜の晩ご飯のおかずは何にしようかとか考えていたら、物を抱いているのと同じです。

子供って、そういうことを非常に敏感に感じとります。

。。。。。。。。。。中略

ちゃんと抱いて子供を育てたら、子供はとても落ち着いた思いやりの深い子供になります。

ところがちゃんと抱かないで育てると、自分は大切にされていない、十分愛情をもらっていないと思うんです。

すると母親から愛情を取らないといけない。

母親が食事を作るのに忙しくしていると、「ねえねえ、お母さん」と子供がうるさくして、自分の方に振り向かせる行動を取る。

母親はそれがうるさいから、「うるさいから向こうに行っててよ」と言う。

そうすると自分は愛されてないと思って不安になってまた何かする。

この悪循環になってどんどん不安になって、最後は悪さするようになってきますね。

子供が物を壊したり怪我したりする時、母親が、「この子は自分が愛されていないんじゃないかと思って不安になっている、これは自分が間違っている」と思って、子供を大切にしようと抱っことかしてあげれば、子供の不安も解消できて素直になるんですけど、普通はそうは受け取らない。

「この子はわがままだ」と思って叱るんです。

親が「本当にわがままだ」とか「グズだ」とか「悪い子だ」とか言うと、本当に悪い子にどんどんなるんです。

それを子供が本当に愛情を要求しているという風に受け取って、母親が改心して十分に愛情深く育ててやると、子供はいい方に変わっていくんです。

子供は母親が本当に喜ぶということを、よくやってくれているものです。

ここを絶対に見逃がさないことが大切です。

母親が洗濯物を片付けていると、そばでは子供が子供なりに片付けています。

それは母親からは散らかしてる様にしか見えないものですね。

でもそこでちゃんと意を汲んで、「ああ、この子は私がやっていることを手伝ってるんだな」と思って、「ありがとう」と言ってやるのです。

そしたら子供はどんどんと手伝うようになる。

そして母親や父親にこういう風に聞いたりします。

「ねえねえ、お母さん、こうやったらお母さん助かる?」「凄く助かるよ」と言ってやる。

母親も、「この子は思いやりのある子だな、優しい子だな、人のことが気遣える子だな」と思うでしょ。

思えたら隣同士で世間話しているような時に、「この子はね、こういうことをしてくれるんです。

思いやりのある優しい子なんです」と、さりげなく言うんです。子供はちゃんと聞いているものです。

潜在意識にパッと入ちゃう。

そうすると思いやりのある子にどんどんなっていく。

本当に十分愛情深く育てたら、子供は必ず親を手伝うようなことをやる。

「優しい子だな」と親が本当に思う。

それをボソッと言う。

するとその性質がどんどん育っていって、とても思いやりのある優しい子になっていくんです。

ただ人を操作するためにやってはいけないんですけども。

5歳から6歳、7歳というのは、だんだん理性が発達して、物事の善悪が判断できるようになる時期です。

特に男親がやらないといけないのは、しっかりと善悪を教えることです。

子供の意志を尊重しながら、子供に選ばせていくことが大切です。

うちでは食べる物にかなり気をつけているので、添加物の入っている物は一切食べないんです。

でもうちの両親は、割と無頓着で、インスタントラーメンとか何でも平気で食べています。

全然違う家庭です。

こういう場合、私が「これは絶対に食べちゃいけないんだ」と子供に言ったら、子供の意志を侵害することになります。

「これは悪い食べ物だから食べてはいけない」と言ったら、子供の意志が育たないんです。

そうではなくちゃんと説明して、子供に選ばせないといけません。

そして子供には簡単な判断の方法を教えました。

食べるもの、水でも何でもいいですが、比べさせてみるのです。

非常に良い水と水道の水がある。

良い水の入ったコップを持たせて、「とも君、ちょっと持ってごらん」、次に水道の水の入ったコップを持たせて、「これ持ってごらん、どっちが体が楽?」といつも聞くんです。

良い水を持つと呼吸がとても深くなります。

腹まで息が吸える。

悪い水を持つとのどのあたりまでしか息が吸えなくて、浅い呼吸になるんです。

凄く簡単ですよ。

皆さんもやってみて下さい。

だからその食品が良い物か悪い物かはとても簡単に判断できます。

手に持ってみて息が深くなったら、ああこれは良い物だとわかる。

子供にいつもそうやって判断させています。

食べさせないわけじゃない。

「食べてもいいよ」と言うんです。

その代わり「ちゃんと調べてごらん、どうなる?」「こっちがいい」と選ばせてこっちを食べさせる、というようにしています。

味の違いがわかるようになるから、まずい物は食べなくなる。

「食べちゃいけない」と言ったら自由意志を侵害することになります。

必ず子供に自分で選ばせて、「こっちが良い」と選んだものを食べさせるようにすると、子供の意志が育つのです。

。。。。。。。。。。中略

うちでは文字とか算数とかは一切教えないで、子供の興味に任せています。

聞いてきたら教えるくらいです。

それより人間としてもっと大切なことを教えたい。

子供が、「ねえお父さん、日本人でとても貧しい人っているの?」と聞いたんです。

「いるよ、お父さんとお母さん、うちが貧しいんだ」と。

そして「うちがとても貧しい家庭だ」って答えました。

そしたら子供が驚いてましたね。

それで私がニヤリとして、「ここが問題なんだ。

とも君、うちは貧しいんだ、だけど不幸か?」と聞いたんです。

「全然」「そこが問題だ、貧しくても全然不幸じゃないだろ」「うん」「ところが多くの人はお金持ちだと幸福だと思いこんでるんだ、ちょうどとも君が上位だと愛されると思うだろ、それと同じなんだよ。

お金を沢山持ってると幸福になれると錯覚してるんだ。

でもとも君、うちは貧乏なんだよ、でも全然不幸じゃないだろ」「全然不幸じゃない」「だから関係ないんだ」と。

そしたら妻がポソッと、「お金持ちでも幸福な人っているのよ」って言ってましたけど。

それは確かにそうです。

そこが問題で、関係ないんです。

ところが大人は錯覚してる。

金持ちになって社会的地位を築いて豊かになったら、たしかに良家のお嬢さんと結婚できるかも知れない。

でも幸福になれるかは別でしょ。

官僚コースに乗れたら、いいとこのお嬢さんと結婚できるかもしれませんよ。

でもかえって不幸になるかもしれないし、不幸になるから浮気したりするんでしょ。

関係がないということは、官僚クラスの頭が良い人達ですらわからないんです。

これははっきり言って宿命的不幸です。

こういう錯覚をうちの子がしたら困るから、7歳の時に、「それは関係がない、お前が金持ちになろうが貧乏になろうがそんなことはどうでもいい。

幸福はそんなところにはない」ということをちゃんと教えたいんです。

それから上位とか下位とか、人と競争することが無意味であることを教えたい。

人間がどういう時に幸福を感じるかと言うと、万物との一体感を感じている時だと思いませんか。

例えば、子供が幸福感を感じるのは、母親に抱かれて母親との一体感を感じてる時なんですね。

恋人同士が本当に幸福だと感じるのは、手を握ってお互いのことを感じてる時なんですね。

ですから今を感じること、同じ場所にいる人と一体感を感じるその体験のことを幸福と言うんです。

そうすると、これをどんどん拡大していくと人間に限る必要はなくて、花とあるいは山と自然と一体感を感じられる人が居るでしょう。

それを感じ取れる人ほど幸福ですよね。

こういう人は大体詩人と言われる人達です。

だから子供にもそれを理解してもらいたい。

それを妨げるのは何かというと、差別感なんですね。

あの人達は愚かだとか、自分と彼らは違う、自分は上位で彼らは下位だとかいうその差別感です。

差別感があると一体感を感じられない。

すなわち不幸になっていく。

ところが教育から何から、差別感を植え付けることばかりをやってるんです。

そうすればするほど孤立していくんですね。

人間は幸福から遠ざかっていくんです。

私が子供に何とか伝えたいと思っているのは、全ての人間は本質的に平等だ、本質は同じだ、ということなんです。

人間だけじゃありません。

動物も植物も石も、全ての物が本質において同じだということを伝えたいんです。

よくうちでは子供が聞いてきます。

「アマガエルってとても偉いのかなあ?」「多分とても偉いと思う。人間はあまり自分のことがよくわかってないからアマガエルの偉さもわかってないんだよ。もしカエルと話が出来たらいろんなこと教えてもらうんだけど」という話をするんです。

私は子供に、苦しみの中に巻き込まれるような知識を教えるのではなく、本当に幸福になる為の知識を教えた方が良いと思うんです。

それは何かというと、差別感を無くす知識なんですね。

「本当は全てのものが同じなんだ、上も下も順位も無いんだ。この世界ではそれだと非常に仕事がやりにくいから、形の上で一応上司と部下が居る。でもこれは方便の世界で、本質ではない」ということをいつも子供に言ってるんです。

子供がこの世界で体験して自分で苦しんで、本当に心の底からそう思えた時に、子供は多分幸福になると思ってるんです。

だから私は、幸福になる術を子供に伝えようとしている。

ところが教育は逆をやっている。

どんどん不幸になって差別をして孤立化する方法を教えている。

「もっと頑張れ、階段を駆け上がれ、そしたらトップに立てる。

そしたら豊かな暮らしが出来る。それが幸福だ」と教えている。

でもだれも幸福になってないですね。

これが問題なんです。

私は教育が完全に誤っていると思います。

人間を孤立させて不幸にするためにやってるんじゃないかという気がするんです。

ですから私が子供に伝えたいことというのはそういうことで、算数とかそういうことではない。

じゃあ子供が算数とか出来ないかというとそんなこと無いです。

私は勉強は何にも教えないんです。

ところがこの前に、1足す3は4とかやってるんです。

3引く2が1とか1引く1は0と自分で勝手にやってる。

それで私が、「とも君、1引く2はいくら?」と聞いたら、「マイナス1」と言う。

私はゲッと思って、「1引く3はいくら?」と聞くと、「マイナス2」って言うんです。

星ひゅうまじゃないですけど猛烈に感動しましたね。

ノートを見たら9引く10はマイナス1と書いてある。

双六でずっと遊んで、そういう知識まで身についてる。

これは勉強は教える必要ないですね。

子供は勝手に学んでいくんですね。

それよりはもっと大切なことを教えてやること、それが私の言いたいことです。

(講演 1998年11月1日 1999年4月18日 福岡市)

。。。。。。。。。。一部抜粋しました。

ご紹介したサイトにもありましたが、子供をちゃんと作るとか育てるというのはもの凄く覚悟のいることで、仕事で成功することの方がよっぽど簡単だと思います。

なぜなら、親には代役がありませんし、全責任を負うことになるのですから。

子供を育てるという人生の中で体験できる、最大の重大なプロジェクトなのです。

けれど、自分に対する愛情不足を感じて、不安定のままで親になり、子供に愛情を与えるすべを見失っていたら…

この悪循環は止めなくてはなりませんね。

大人の心を癒す必要がある、親を救うために。

親の心身が安定することによって、自然に子供たちへと愛情がそそがれると思うのです。

助け合う方法を見つけたいです。

なごみでしたclover

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