“Pray for Japan”

これからの日本をみんなで考えていこう!

2011年3月11日から3か月が過ぎました。

日本はこれから、どこへ向かって行くのか?

残念ながら永田町では建設的な話しが出来ないようです。

いったい被災地の復興を足踏み状態にしてまで、何を守ろうとしているんでしょうか?

私たちが選んだ政治家たちだと思うと情けなくなりますが、何よりも日本の復興に動かなくてはならない国の中心が足の引っ張り合いや批判ばかりで前に進まないのであれば、私たち個人レベルで意識を高める必要があると思います。

そして、国会の討論を見たり聞いたりして不快になってしまうより、ご紹介したいのはこちらです。

誰が悪いとか、責任の追及とか、激論というより、参加している方々が穏やかにそれぞれ提案をしていくことが重要だと思います。

~ 自然エネルギーに関する『総理・有識者オープン懇談会』(全編)-平成23年6月12日 ~

2時間の長さでしたが、私はとても落ち着いてじっくりと最後まで見ることができました。

ニュースで流される発言の短縮版では、本質は見えませんね。

マイケルの報道にしてみてもそうでした。

意図的に偏って組み立てられてしまう可能性もあるんです。

私たちはこの震災を機に、日本の未来について確かな選択をしていく必要があります。

家族と友人と身近な方とお話してください。

日本がひとつになる時だと思います。

なごみでしたclover

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マイケルからのメッセージ 

2004年12月26日(午前7時58分現地時間)インドネシア スマトラ島北西沖のインド洋でマグニチュード9.3を観測する巨大地震が発生した。

この時の被害はほとんどが津波によるものだった。

被災地の多くが地震や津波の経験がない地域だったために、津波に関する警報や注意がなされない状況のなかで人的被害を拡大させてしまった。

マイケルはスマトラ島沖地震による津波被害について声明文を発表しました。

http://www.youtube.com/watch?v=G9hPKL4K6uA

JJさん、いつもありがとうございますhappy01

。。。。。。。。。。

この度の恐ろしい地震と津波により命を奪われた方々のご冥福をお祈りし、心からお悔やみ申し上げます…

ニュースであまりの惨状と絶望を目にしましたが、私たちが経験した衝撃や恐怖、悲しみは言葉では伝えきれません。

僕はこれらの地域を何度も訪れ、そこで出会った人々の愛情、優しさ、温かさが忘れられません。

ですから、僕にとっても特に辛い出来事です。

すべての友人、ファンの皆様に復興を支援する機関に貢献してもらえればと思っています。

このような時こそ、お互いを支えることが必要なのです。

私たちは奉仕の心を持ち、結束しなければなりません。

神のご加護を。

心を込めて、マイケル・ジャクソン。

。。。。。 マイケル・ジャクソン全記録より 。。。。

まるで、日本に向けてのメッセージに思えるような内容です。

被災地では、避難所にさえたどり着けない、SOSも届かない場所で救助を待つしかない状態の方がまだいらっしゃる。

同じ日本で被災を免れた私たちは、しばらくは被災地のために出来ることを率先して行動していく必要がある。

みんなで分け合えば、できること。

私たちが笑顔で、元気でないと被災地に笑顔も元気も届けられないから、喜んで節電もしていきましょうねgood

http://www.youtube.com/watch?v=VhS1IlUZbsU

JJさん、素敵な動画をありがとうございますheart02

shinePray for Japanshine

なごみでしたclover

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卒業の日に ~ 2011年3月11日 ~

今、世界中で日本に向けて “Pray for Japan” という言葉を投げかけてくれています。

Pray 『願う』 『祈る』

“日本のために祈ろう” と呼びかけているのです。

2011年3月11日は高校の卒業式でした。

午前中の卒業式が終わり、各教室では、卒業アルバムにサインをし合ったり、先生方と写真を撮ったりして別れを惜しんでいました。

午後2時を過ぎ、先に学校を後にした私は買い物を済ませ自宅へ。

普段より遅いランチの後、大きな地震が起きたのです。

今まで経験したことがない大きな長い時間の揺れを感じてしばらく身体が硬直し動けませんでした。

スピーカーが一台落ちて、水槽の水がこぼれて床はびしょびしょに…

でも、まず家族の安否が心配になりました。

中学校ではお別れ遠足でディズニーランドに行っていました。

学校に電話しても繋がりません。

緊急連絡網もありません。

真面目なタイプなので携帯電話を持って行きませんでした。

何も出来ません。

ただ、時間が過ぎていくばかりです。

やっと、学校に電話が繋がり、説明されたことは、在校生は体育館に避難しているが、ディズニーランドの生徒については連絡が入っていないとのこと…

交通機関が全線運行停止し、自力で帰る手段はなくなりました。

結局、生徒たちはその日、午前0時を回る頃に歩いて浦安体育館まで避難し、不安な夜を過ごしたのです。

翌日、現地までバスを手配していただき、無事に戻ってきました。

http://www.youtube.com/watch?v=O7aqSm64wU0

そして、地震が起きてから1週間後。

中学校の卒業式に参加してきました。

式の冒頭には震災の犠牲者へ1分間の黙とうが捧げられました。

卒業する1週間前のお別れ遠足中に地震に遭い。

たった一日ですが家族と連絡が取れずに取り残されたあの日。

午後3時には集合し3時半には舞浜駅から京葉線に乗って普通に家路に帰るはずでした。

地震発生後のディズニーランドでは、生徒全員の確認に時間がかかったそうです。

あの日は寒かったのですが、園内の安全確認をしているということで屋内には入れず、ずっと寒空のなか待つことしかできなかったそうです。

電話も繋がりにくく、生徒たちの受け入れ先を探すのにも手間取りました。

やっと受け入れ先が見つかったのは午前0時頃だったと後で知りました。

寒い中、暖かいココアをいただいても人数分はありません。

仲良く、分け合ったと聞いています。

避難している間は食事が取れなかったのです。

この経験は、これからの人生に大きな影響を残すことでしょう。

家族の大切さ、助け合うことの必要性、自分たちの役割。

なにより、冷静な判断で全生徒の安全を確保してくださった引率の先生方に保護者として感謝の気持ちです。

いまだ、震災の被害は続いています。

現場まで駆け付けることはできませんが、自分の居場所で出来ることはあるはずです。

被災地の復興に協力できることは率先して行動していきたい。

卒業生たちも同じ思いが心にあることでしょう。

http://www.youtube.com/watch?v=DBZQ1hQC2lw

1日も早く、被災された方々が普段の生活に戻れることを心よりお祈り申し上げます。

マイケル友だちのまりおさん、いつもありがとうございますheart04

勝手にシェアさせていただきました。

shinePray for Japanshine

なごみでしたclover

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